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| | | 価格:¥ 1より | | 詳細情報: |  | |
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| この本は小学生、中学生(学生)を対象に書いてる気がします
社会人の私としては、あまり参考になりませんでした
でも、学生さんにはとってもいい本だと思いますよ | |
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| 満足度 | 10 | 点 | 「友だちは大切なものだ」という『思い込み』から解放してくれる本 |
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| 青少年向きに「友だち」について書かれた本はたくさん出版されている。そしてどの本にも共通して書かれてることがある、それは「友だち・友情
は大切だ・大事なものだ」というメッセージだ。
しかしこの本は、これまでの「友だち本」とは一味違う。
それは、友だち関係の「本当の現状」を書いているのである。その友だち関係の「実態」を書いた本を他に見たことが無い。
どちらかというと男子向きに書かれている。
「友だちは大切だ」と教えられて育ってきた人が多いだろう。
それを当然と思い、友だち・親友を作ろうとがんばる。
しかしなかには友だち関係がうまく築けず、苦しむ人がいる。
それは幼少期・思春期のみならず大人になっても苦しんでいる人はかなりいるであろう。
そんな人たちの救いになる本である。
橋下徹氏は自身の経験から友だちの「実態」を次のようにとらえている。
※橋下徹氏が考える友だちの『本質』とは・・「メリットなし」「面倒ばかり」「いっしょにいてもなにか与えてくれるわけでない」「損をするこ
とはあっても、得られるメリットは特にない」「友だちがいなくても困ることなんかない」
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| 「中高生の時に読みたかったなあ」
と言うのが感想。
今読んでもなるほどと思うけど特に必要な本ではない。
僕はいじめられてるわけでもなかったけど、思春期特有の
「友人との価値観、距離感の掴み方」つまりしょうもないことで
死ぬほど何年も悩んでいた。
10代は、カンタンに相手を傷つけてみる。それなのにカンタンに
また愛情を持って接する。当然相手は混乱する。互いが互いにこんなことを
繰り返す時期だったんだと思う。
だから、ちょっと変わった子やマジメな子、ちゃんとしてる子ほど振り回されたり疲れたりしやすいと思う。
そして人間関係で悩んでない人は必要ないし、
学校の先生や親の助言で十分な人には必要ない本である。
でもそれらが助けになっていない問題を抱えた人には
「なるほど」の1冊になるはず。
具体的には「倫理や法律を無視したハチャメチャで、でも弁護士らしく
論理的に書かれた本」である。
びっくりするのは「いじめには加担しろ」と言うことだ。当然学校で習うこと
とは違う。でも重要なのは、そこで「相手を恨まない」と言うこと、
また「何らかの強い集団に入れ」と言うことだ。
彼は東京出身で、母子家庭で、小中学校を「大阪の部落地域で過ごす」と言う
かなり過酷な環境を過ごしてきた。
彼なりの究極的な、最強のサバイバル方法と言えるだろう。
個人的には学校で習うことと、社会で必要なことの乖離が進んでしまってる。
そこで多くの若者が社会への適応障害を起こしてる気がする。
彼のような本や存在は、その2点の間の橋渡しとして存在してるのではないかと
思う。
ちなみに彼は大阪府民、関西の財界のキーマン、マスコミ関係者に
異常に人気がある。
舌禍が多く、嫌われ者にもかかわらず、だ。
「自分らしく生きる」ことと「周囲に尊敬、信頼される」ことの
難解な両立と言う面で考えても参考になるだろう。
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| マスコミで感じる著者の印象の違いに良い意味でちょっとビックリ。10代の前半って本当に友達がすべてと思いがちで、頭のなかはそればっかりになっちゃう。
そんな考えをちょっと和らげてくれるっていうだけでも凄く勇気づけられるんじゃないかな。
こんな本が中学校の図書館とかに置いてあると素敵だなあと思う。 | |
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| いまや大阪府の知事になっちゃった元タレント弁護士さんの本と聴き
タイトルにも興味がひかれたので読んでみました。
第1章では自身の経験も踏まえつつ友達とは何かというテーマで書かれている。
そこでは"学校の友達とは強制的に集められた集団だから気の合わないやつがいて当たり前。無理に友達を作ろうとしなくても人生の中で出会いはいくらでもある。友達がいない事は異常なことじゃない。これから先いくらでも出会いはあるのだから心配するな。"という意の文が書かれている。
ところが第2章になると"コミニュケーションを養うために中学校では部活に入る事を勧める"とかかれ、そして第3章では"もし君がいじめられた場合、強い者に仲間いりしろ"と誘い
同3章では"先輩が抜けた後ラグビー部には10人誘った"と書かれている。
帰宅部学生を10人誘致できるなんて、その頃から著者は友人が多かった事がこの文から読み取れる。
しかし問題点として果たして著者が第1章で言うように"無理に友達を作らなくてもいい"のだろうか?
第3章でコミニュケーション力を育むのは大事と書かれている
という事は、この本は子供に学校という理不尽な機関に入れられたという被害者認識をさせるのではなく
友達の作り方をもっと徹底的に説くべきなのではないのかと思う。
友達の居ない者を容認するのではなく、友達が居ないという状況に陥ってしまった読者に対してその経緯と原因を再認識させ、話すきっかけとは何かを教えるべきなのでは?
居ない原因を学校のせいにし、いじめられてる者や友達の居ない者に対し
"今後出会いはいくらでもある!"と開き直りにも似たようなことを言うのは非常に危険だと感じる。
ましてや第3章でいわれている学校内で強い者というのはたいていは不良であり、そのような者につくのは危険なのだ。
重要なのが本書では"パシリ行為"まで容認している。
著者の場合パシリの先に発展しなかっただけでよかったものの、普通の学生がこの本を読み"強い者"に属すのはかなり危険なことである。
ただ後半ではきちんとコミニュケーションの重要性を説いている。
そこは評価できるが、"学生は嫌われてしまった要因を探る必要なぞ無く、嫌われる要因を探るのなんて社会にでてからでいいのだ"という意ともとれる文がのっていた。
果たして本当にそうだろうか?
嫌われた要因を探るのをやめてしまえば、そこで気づくべきはずの世間ずれした自分のおかしな性格や過った思想までも、そこで置き去りになってしまう。
かなりアバウトに要約してレビューを書かせてもらったが
最後に私が本書を一読してみて言える事は14歳がこの本の内容を鵜呑みにしてしまう事はかなり危険だということ。
"大人が語らぬ真実を私が書いてあげたぞ"のような事も冒頭にかかれているので本当に注意してほしい。
橋下だからといって安心してはいけない。
彼の価値観だから全て正しいんだ、とそこで思考停止してはいけないのだ。 | |
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